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2008年5月

2008年5月29日 (木)

パク・シニャンが朗読した詩

パク・シニャンが5月25日と26日に開催されたファンミーティングのオープニングで朗読した詩は、ロシアの詩人ナディン・ステアの「もし、人生をもう一度やり直すことができるなら」という詩である。

*********************
「もし、人生をもう一度やり直すことができるなら」

次の時は もっと沢山失敗しよう。

もっとリラックスして、しなやかに生きよう。
この人生の旅よりも、もっとばかになろう。

もっといい加減に生きよう。
もっとチャンスを掴もう。

もっといっぱい山に登り、沢山の川で泳ごう。
もっとアイスクリームを食べ、豆類を減らそう。

おそらく、実際の災難にはもっと出会うだろうが、
起こりもしない災難をおそれるのは、もうやめよう。

おわかりのように、私は、
いつも、毎日、
まじめに健全に生きている人々の
一人です。

もちろん、私も自分自身になる瞬間があります。
もし人生をもう一度やり直せるならば、
そうした瞬間をもっと多くしよう。

実のところ、
それ以外のことは、なにもしないように心がけよう。

何年もの間、毎日、
先のことばかり考えていきてきたけれど、
今度はいつも、その瞬間、瞬間に生きよう。

私は、旅に出る時、
体温計と魔法びんとレインコートと
パラシュートを持たないと
出かけられない類の人間だった。

もし、もう一度人生をやり直せるならば、
今よりもっと身軽に旅にでよう。

もし、人生をもう一度やり直せるならば、
春にはもっと早くからはだしになり、
秋にはもっと遅くまで、
はだしのままでいよう。

もっと踊りに出かけよう。
もっと、回転木馬に乗ろう。
もっと、デイジーを摘むことにしよう。

                    ナディン・ステア
*********************

この詩は、パク・シニャンがロシア留学時代に読んだ詩で、今も覚えているという。
「この世を去るときに思い出すのは、とりとめのない幸せな記憶。だから好きなことをやって生きていきていきたい」と、パク・シニャンは言った。

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2008年5月27日 (火)

パク・シニャンファンミーティング part2

5月25日に東京で開催されたパク・シニャンファンミーティングは、15時開演だったが、ファンからパク・シニャンに歌のプレゼントをするということで、14:45からパク・シニャンが「パリの恋人」の中でピアノの弾き語りをした「サランヘド テルカヨ(愛してもいいですか)」を、パク・シニャンの歌に合わせて練習をした。
「サランヘド テルカヨ」は、私がカラオケに行くとよく歌った歌だった。

15時少し過ぎてから、ステージ右手からパク・シニャンが登場。
中央に置かれていたイスに座って、ナディンステアの詩の朗読を始めた。

その後、パク・シニャン主演ドラマ「私の心を奪って」の映像が流れ、パク・シニャンは「私の心を奪って」の挿入歌「愛した後で」と、ミュージックビデオ「恋人」の中から「恋人」を熱唱。
「愛した後で」は私の好きな歌で、ドラマの中ではレオン・ライが歌っている。

その後、トークタイムになり、リニューアルされた公式サイトの紹介があり、「これまではあまりファンの皆さんと交流できなかったので、このサイトで、もっとファンの皆さんと触れ合いたい」とパク・シニャンは言った。

パク・シニャンが着替えのため退場した後、ステージでは前日の来日の様子や、その後の記者会見、ファンミーティングで歌う歌の練習をしているところ、スタッフと一緒の夕食時の映像が流れた。

その後、映画「キリマンジャロ」の映像となり、パク・シニャン登場。
「キリマンジャロ」から「悲しい縁」を歌う。

その後のトークタイムは主に「銭の戦争」の話が続く。
その中で、パク・シニャン扮する「クム・ナラ」が四字熟語を言うシーンがあるが、MCが「パク・シニャンさんにとっての四字熟語は?」と尋ねると、「・・・・・・」。
「銭の戦争」は昨年撮ったドラマで、すでに新作のドラマの撮影が始まっているためか、ドラマの中での四字熟語も忘れてしまった様子。
すると客席から、「唯我独尊」「愛情万歳」のという声が聞こえてきた。

MCが「最終回で、どうしてクム・ナラはマ・ドンポ社長に近づいていったんでしょう。死んでしまいましたよね」と言うと、「どうしてなんでしょうね・・・。私は死んではいないと思っていますが」と、エンディングにちょっと不満そう。

その際にパク・シニャンは、ドラマ「パリの恋人」のエンディングに触れ、「それまで一生懸命演じていて、どうして・・・と思うような結末になった」と。
パク・シニャンが「パリの恋人」のエンディングの脚本を読んで、その結末に不満をもって脚本家に意見を述べたということは、よく知られていることである。

「パリの恋人」を観た人なら、パク・シニャンが脚本家に抗議したのもよくわかると思う。
私も「パリの恋人」は、前半はテヨンとギジュのコミカルな会話に笑い、後半は苦悩するギジュとともに泣いて観ていたのに、最後の10分で「これまで一生懸命観てきたのは何だったの!?」と。
「いくらドラマでも、これはないでしょ!」と思った。

「最終回は、私が書けばいいんですね。でも、それなら出るなと言われたらどうしましょうか。そう、第19回まで出て、最終回は出なきゃいいんですね。」というパク・シニャン。

次は、すでに撮影を開始している次回作「風の絵師」について。
パク・シニャンが演じるのは、200年前の朝鮮時代の絵師キム・ホンド。
10月から韓国SBSで放送開始とのこと。
初の時代劇で、髪の毛を上で結んでいるパク・シニャンって・・・と、ちょと想像してみる。

そして、パク・シニャンは着替えのために退場。
その間、ステージではこれまでのパク・シニャン出演作の映像が流れた。

映像は、「銭の戦争」でクム・ナラがカラオケで「パワーレンジャー」の歌を歌うシーンに切り替わった。
会場に激しい音楽が流れ、パク・シニャンはステージに登場して「パワーレンジャー」をドラマ以上にノロノリで大熱唱。
客席も総立ちと立って、まるでライブ会場の様になった。

歌を歌いながら、突然、パク・シニャンはステージから降り、客席の通路へ。
周りのファンがパク・シニャンを取り囲み、彼はファンにもみくちゃにされていた。
どうもこのパク・シニャンの行動は予定外だったのか、あわてて男性スタッフ数人が駆けつけ、パク・シニャンをガードした。
彼はそのまま歌いながら、中央通路を通り、降りた側と反対側の通路からステージに上がっていった。

その後、ステージ上で、パク・シニャンはスタッフの人たちを紹介した。

次の衣装替えの時、ステージではパク・シニャンの赤ちゃんの頃からの写真が、説明付きで映し出された。
子どもの頃の写真では、まったく今の面影はない。
証明写真や兵役中の写真もあり、大学の卒業式、ロシア留学時代の写真、そして現在へと続いた。

着換えたパク・シニャンがステージに登場すると、会場入り口にあったメッセージボードがステージ上で披露された。
パク・シニャンはハングルで書かれた「シニャン」の文字の書き間違いを見つけ、「パク・シ○○サランヘヨって、この人、誰を愛しているんでしょうね。その人に伝えておきましょうか」。
そして、もうひとつ名前の書き間違いを見つけ、「パク・○○○。あ、これは私のいとこですね。伝えておきますよ」と、突っ込むパク・シニャン。

次はファンから送られたメッセージカードを見ながらのコメント。
名刺大のメッセージカードは、カードホルダーに入れられて渡されたが、中には「パク・シニャンの会社に入りたい」と証明写真をつけたカードも。

そして、ファンからあらかじめ提出してあった質問にパク・シニャンが答える質問コーナーに続いた。

次はいよいよ、ファンからパク・シニャンへ、歌のプレゼント。
「サランヘドテルカヨ」の曲が流れ、スクリーンには歌詞が映し出された。
曲と共に会場に流れるパク・シニャンの歌声に合わせ、みんなで大合唱。
彼は、最初は背後のスクリーンを振り返るような仕草をしたが、その後は右手を胸に当て、じっと歌を聴いていた。

みんなの歌が終わると、MCがパク・シニャンに「この歌を歌うことは、こちらで用意したんじゃないんですよ。ファンの方たちが、パク・シニャンさんに歌のプレゼントをしたいということだったんです」と言うと、パク・シニャンは「・・・・・・・・・・・」。
彼は胸がいっぱいになり、言葉につまっていた。
しばらく沈黙が続き、背後のスクリーンには、パク・シニャンの顔が大写しにされた。
メガネの向こうに、滲んでくるものが見えた。
そして、「最後には、私もこの歌を歌いますね」と。

今後のことについて話した後、パク・シニャンは「サランヘド テルカヨ」を歌った。

そして、退場したが、会場からわき上がる拍手で、パク・シニャンが登場。
すぐに舞台袖に引き下がろうとするパク・シニャンに、会場からは「あ~~~~~っ!!!」と言う声。
何度もステージに引き返していたが、アンコールに応えて、パク・シニャンは最後にもう1曲ロシアの歌った。

ファンミーティングの時間は2時間半だったが、とても充実した内容で、「俳優 パク・シニャン」の魅力に、再度、魅せられてしまった。

*画像は後ほどUPします。

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2008年5月25日 (日)

パク・シニャンファンミーティング part1

今日は、パク・シニャンファン仲間と、渋谷で開催されたパク・シニャンファンミーティングに行ってきた。
私は「宮」を観るまでは、パク・シニャンファンで、パク・シニャンを知ったのは、「パリの恋人」だった。

「パリの恋人」の予告を見たときは、「今度の主役はこんなおじさんなの?」と思った。
だが観ていくうちに、パク・シニャン演ずる「ギジュ」の魅力に、そしてパク・シニャンの演技力に魅せられてしまった。
私の周りで「パリの恋人」を観ている人はほとんどいなくて、パク・シニャンを知っている人もいなかった。
そこで「パリの恋人」のDVDを友人たちに貸し出したりしていた。
「宮」を観るまでは、私がいちばん好きな韓国ドラマは、「パリの恋人」だった。

一昨年の1月26日、パク・シニャンの初のファンミーティングが東京で開催された。
チケットは発売開始後すぐに売り切れ、8400円のチケットはyahooオークションで20万1000円まで値を付けた。
8400円のチケットに、この金額を出すのはいかがなものかと、オークションではチケットを手に入れなかったが、諦めきれずに、当日、ファンミーティング会場まで行った。

私と同じように、なんとかチケットが手に入らないだろうかと思った人がたくさん来ていて、一緒に行く人が行かれなくなって、チケットを譲りたいという人がいると、人が群がった。

入場開始で、チケットを持って入場する人たちを横目で見ていたら、「羽田に来ていた人ですよね」と声をかけられた。
私はそれまで韓国俳優が来日するのを空港で何時間も待って「お出迎え」する人たちの映像を見て、「よくこんなことするなぁ・・・」と思っていた。
だが、ファンミーティングのチケットが手に入らなかった私は、パク・シニャンが東京に来るのなら、一目でも見たいと思った。
それが確実にできるのは、羽田空港に行くことだった。

パク・シニャンの到着便は、公式サイトで公表されていた。
到着の4時間半くらい前に羽田空港の国際線到着ロビーに行って、3列目でパク・シニャンの到着を待った。
時間が経つにつれ人がどんどん増えていった。
報道によると、1200人もの人が国際線到着ロビーに押し寄せたそうだ。
私に声をかけてきた人は、羽田空港で近くにいた人のようだった。

ファンミーティング会場前で、声をかけてきた人を含め、チケットが手に入らなくて会場まできた4人と話し始めた。
私たちは開演後も粘っていたが、開演後1時間くらいたった頃、諦めて、皆でお茶をした。
その後、日本で公開された「達磨よ、遊ぼう!」を、その時知り合った人たちと行ったり、たびたび会うようになった。

だが、「宮」を観てから、私の気持ちはパク・シニャンから他の人へ移っていった。
昨年のクリスマスの日に横浜で開催された「パク・シニャン船上のクリスマス」は、お昼が4万5000円、夜は4万8000円だったが、その金額を出してパク・シニャンに会いたいという気持ちは、その時の私にはなかった。

3月30日、今回のファンミーティングの主催者から、チケットの会員先行販売のメールが届いた。
今回のチケットは1万円だった。正直なところ、一昨年の初ファンミーティングのチケットが手に入らなかったリベンジで、1万円なら行ってもいいかなと思った。
そこで、パク・シニャンファン仲間に連絡すると、みんな行きたいという返事だったので、発売開始と同時に、チケットを申し込んだ。
なかなか取れないだろうと覚悟していたが、あまりにもあっけなくチケットが取れて驚いたが、この会員先行販売の情報はあまり知られていなかったようだ。
今回のファンミーティングの席は、かなり前のほうだった。

今日のファンミーティングの時間は2時間半くらいだったが、着替えの時以外はパク・シニャンは出ずっぱりで、ファンをどうして喜ばせようかと準備してきたパク・シニャンの姿に感動した。
ひとりひとりとの握手や、ファンをステージ上に上げてのサービスなどはなかったが、そんなことよりも、「パク・シニャン」という演技派俳優の引き出しの多さ、演技力やこれまでの実績の上に、もっといい演技をしたいと努力し続けるパク・シニャンの姿に、感銘を覚えた。

次回作のドラマ「風の絵師」の撮影はすでに始まっており、10月から韓国SBSで放送予定とのこと。
200年前の朝鮮時代の絵師の話で、パク・シニャンは初の時代劇出演となる。
「銭の戦争」を見終わったばかりだが、この次回作でパク・シニャンはどんな演技を見せてくれるだろうかと、今から楽しみである。
今日のパク・シニャンの姿を見て、「俳優 パク・シニャン」を応援し続けようと思った。

俳優は、作品によって磨かれていく。
ドラマや映画を通して、または舞台で、観る人を魅了してこそ俳優である。
まずは、ドラマや映画の出演ありき。ファンミーティングなど、ファンとの直接の交流は、その合間にするものである。

今日のファンミーティングは、本当に満足できるもので、「さすが、パク・シニャン」と、終わった後もしばらく5人で話をして余韻に浸っていた。

今日のファンミーティングの主催者は、私が参加した昨年秋のイベントや、最近韓国で開催されたイベントと同じ会社だが、こうも満足度が違うものかと思った。
それは「俳優の力量の違い」と言われてしまえば、それまでだが。

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2008年5月23日 (金)

ベランダ菜園

P1000581今年のベランダ菜園では、キュウリと青ジソを育てることにした。
ナスは一昨年は成功したが、昨年はうまく育たなかったので、今年はやめることにした。
5月6日に苗を買ってきて、7日に植えた。
左の画像は、5月7日のキュウリ。

キュウリは店頭では蔓が出ていなかったが、翌日には出てきた。
ただ今年のキュウリ君は、支柱に巻き付く力が弱く、支柱に茎を止めているが、なかなか蔓を巻き付けてくれない。
キュウリにも得意なことと、不得意なことがあるのだろうか。

P10009575月21日には、花が咲いた。それも雌花だ。
だが、雄花が咲かないと、受粉できない。
キュウリ生育歴1年目の時、最初の雌花が咲いた際、ネットで調べたら、種やさんのサイトでは、キュウリは受粉しなくても実が大きくなると書いてあった。
そこでそのままにしていたら、花がしぼんで枯れた後、実になる部分も萎れて枯れていった。

素人ブログを読んでみると、雌花が咲いたら雄花を取り、雄花の花びらを取って受粉させると書いてあった。
そこで2番目の雌花が咲いたときには、受粉してみた。
するとだんだん大きくなり、1週間くらいで立派なキュウリになった。
けさキュウリを見たら、雌花の上の方に雄花が咲いていたので、受粉した。

P1000587昨年は、キュウリは1本目が採れ、2本目も大きくなり始めた頃、私が肥料をやりすぎて枯らしてしまった。
茎は187cmで摘芯し、葉っぱも大きく立派だったし、雌花もたくさん付いていたのに・・・・・
去年のキュウリには、かわいそうなことをした。
先週、留守にしていた時があるので、大丈夫かと不安だったが、キュウリは元気でいてくれた。

P1000938一昨年の青ジソは、年を越すまで収穫ができたが、昨年のはすぐに全部枯れてしまった。何が原因なのだろう。

キュウリの受粉がうまくいったら、1週間後は初収穫ができる。
これまでは、まず雄花が咲き、しばらくしてから雌花が咲くようになった。
実ができるのは、雌花だけである。
こんなに早く収穫できると思っていなかった。

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2008年5月21日 (水)

毎日新聞にコメント掲載

チュ・ジフンバースデーパーティーから帰って、もう仕事モードに切り替えないと・・・と思っていた月曜日、急に毎日新聞の取材が入った。
取材の内容は、損害保険会社の保険料取り過ぎ問題について。

そのときのコメントが、明日22日の毎日新聞の朝刊に掲載される。
取材の時間は30分くらいだったが、私のコメントとしては数行程度になると思う。

今回は、取材の後に、私のコメント部分は確認したいと言っておいたら、確認のメールが入った。特に問題がないため、そのままOKとした。

以前、公的年金に対する私のコメントが、朝日新聞の朝刊1面ど真ん中に載ったが、取材の際に私が言っていないことが、私のコメントとして掲載された。
すぐに取材した記者に抗議をし、記者は謝罪に来たが、一度載ってしまうと、読んだ人は私がそう言ったと思い、訂正がきかない。

新聞の取材は、雑誌と違ってゲラのチェックはないが、こういうことがあってから、私のコメント部分は事前に確認させてもらうことにしている。

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2008年5月19日 (月)

30万アクセス突破

今日、ブログを見てみたら、30万アクセスを突破していた。
一昨年の4月1日に、このブログを始めてから2年ちょっとで、総アクセス数が30万を超えた。
ちなみに、10万アクセスを超えたのが昨年の6月24日。20万アクセスを超えたのは、昨年の11月10日だった。

このブログは、私のオフィシャルサイトのコンテンツのひとつとして始めたものだが、昨年3月、チュ・ジフンが初来日したときのレポートを書いてから、チュ・ジフンファンも読みに来るようになった。

このブログでは、チュ・ジフンネタも書いているが、「古鉄恵美子のday bay day」というタイトル通り、私の日常や思ったことを書くブログであり、チュ・ジフンブログではない。
先日もそういう話を済州島でしていたら、「古鉄さんの日常は、チュ・ジフンに染まっているんですね」と言われたが(笑)。

このブログを始めてからの変化は、あちこちで「ブログを読んでいます」と声をかけられること。
最初に「ブログを読んでいます」と声をかけられたのは、昨年の5月。
ソウルで開催された韓国ドラマ「魔王」の放送終了イベント「魔族宴会」でのことだった。
日本人の参加者は50人弱だったが、隣の席の人から声をかけられた。
その人は、「魔王」のもう一人の主役であるオム・テウンのファンだった。

昨年3月の「魔王」の放送開始とともに、私はKBSのサイトで韓国の放送と同時間に「魔王」を見て、すぐにあらすじをここにUPしたり、「魔王」について書いていたが、その人はそれを読んでいるようだった。
チュ・ジフン関連の場所で声をかけられたのがきっかけで、親しくなった人たちもたくさんいる。

昨年、ソウルで開催されたチュ・ジフンバースデーパーティーは、(今年もそうだが)チュ・ジフンファンではない人を気軽に誘える金額ではないため、一人で参加した。
ひとりぼっちもつまらないかと思い、相部屋希望を出していたが、同室になった人は私のブログを読んでいて、書いた私以上にブログの内容を覚えていた(笑)。

その時は知らなかったが、ホテルで隣室になった人は、ソウル到着時に金浦空港で私を見つけ、同室になった人に「古鉄さん、隣の部屋だよ」と言ったという。

1年後の今年のチュ・ジフンバースデーパーティーには、ブログによくコメントを入れてくれる人と一緒に行くことになったし、この1年間にブログを通じで知り合った人たちと、バースデーツアーの情報交換したり、現地でも会ったりした。

このブログには、韓国ドラマや俳優についても書いているため、韓流ビジネス関係の人とも接点ができた。

ブログを始めたときには、こんなことになるとはまったく予想しなかったが、ブログを始めたことにより、いろいろな人と接点ができ、それをきっかけにさまざまな展開があった。

私のオフィシャルブログとして一般公開しているブログなので、私が書いたことをきちんと読んでいない人から誤解され、いろいろ取り上げられて不愉快な思いをしたこともあったが、それを上回る収穫があったと思う。

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2008年5月18日 (日)

ジフニとの遭遇in済州島

Cチュ・ジフンのバースデーパーティーが開催された5月16日の午後、明るいうちに人の少ないシーエスホテル内の「宮」のロケ地を撮ろうと、午後3時頃、シーエスホテルに行った。

前日のガイドさんの話では、オプショナルツアーの「宮ロケ地巡り」に入らないと、シーエスホテル内に入れないということだったが、まったく問題なく入ることができた。

ロケ地を特定するために、シーエスホテルで撮影しているところのキャプチャーをとって、プリントしていったが、車の中に置き忘れてしまった。
ドジ・・・と思っていたら、向こうから「古鉄さん!」と呼ぶ人が。

このブログをよく読んでいる人たちで、昨年のバースデーパーティーの時もソウル到着時に金浦空港で私を見つけ、ホテルの部屋も隣。
その後、ジフニ関連の場所に行くたびに私を見つけていて、10月のジフニの横浜のイベントの際に、帰国するジフニを見ようと羽田空港に行ったときに「ブログを読んでいます」と声をかけてきたことがきっかけで、親しくなった人だった。

今回のバースデーツアー出発の前日にも、「またパーティー会場で見つけます」とメールが来たが、その前に昼のシーエスホテルで見つけられてしまった(笑)。
その人たちは、「宮」の写真漫画を持って来ていたので、それを見せてもらって、ロケ地を特定することができた。

ロケ地の写真を撮っていると、3時半頃、目の前にキャンピングカーが停まった。
どうしてこんなところにこんな車が・・・と思ったが、私たちがチャーターした車のガイド兼運転手さんが、「チュ・ジフンさんが、いま中に入りましたよ」と。
ガイドさんによると、疲れた感じで車に乗り込んだそうだ。
えぇっ!と車を見ると、中からジフニが手を振ってくれた。
私たちがジフニに手を振ると、車は走り去っていった。

お、おじさん・・・もう少し早く言ってよ!と思ったが、パーティー前の予想外のジフニとの遭遇だった。

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2008年5月17日 (土)

ジフニからのプレゼント

Namu_4チュ・ジフンの誕生日である5月16日、韓国・済州島のシーエスホテルで、チュ・ジフンバースデーパーティーが開催された。
シーエスホテルは、韓国ドラマ「宮」で、ジフニ扮する皇太子シンのバースデーパーティーが開催されたロケ地である。

今年は、ジフニが絵本を朗読した。
スクリーンには、朗読に合わせ、絵本の絵と文章の日本語訳が映し出された。
そこでは「大きな木」というタイトルだったが、ホテルへ帰るバスの中で、ガイドさんは「訳は『大きな木』となっていましたが、『惜しみなく与える木』というほうが意味が近いです」とのこと。

最後の握手会で、ジフニはひとりひとりに、その絵本を手渡した。
昨年のバースデーパーティーでのジフニからのプレゼントは、ひとりひとりの名前を入れたサインだったが、今年のプレゼントは、この絵本だった。

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2008年5月16日 (金)

5月の花

P1000658先日のお花の教室は、バラの組み合わせが多く、なかなかきれいな色のスプレーバラがあったので、そちらに目がいったが、シャクヤクが入っている組み合わせがあったので、バラの誘惑を振り切って、この季節にしかないシャクヤクを選んだ。

シャクヤクは、ドウダンツツジと紅花と組み合わせてあった。
シャクヤクは花が開いてくると、かなりボリュームがあるので、最初はドウダンツツジを長くスッキリとした感じで生けた。

P1000665次の小品では、ドウダンツツジを下の方にも流してみた。

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2008年5月14日 (水)

「魔王」動画配信

昨年韓国で放送された「魔王」が、動画でも5月23日から配信されることになった。
「ドラマ韓」では「魔王」の特集ページもある。

韓国での視聴率は1ケタ台と低調だったが、「魔族」という魔王マニアを作ったドラマである。
昨年5月、パク・チャンホン監督にKSBドラマセンターで「魔王」の撮影を見せてもらったが、そのお礼の手紙を「魔王」放送終了イベントである「魔族宴会」の後、監督に手渡した。

私は韓国語で手紙を書けないため、日本語で書いた手紙を、ソウルに着いてから、韓国式の手紙の書き方で韓国語に翻訳して書いてもらった。
そこに書いたのは、「魔王」は日本でも10月に放送が開始されるが、楽しみにしている日本の「魔王」ファンがたくさんいるということ。
そして「魔王」は、日本ではとても人気が出るドラマだと思うと。

「魔族宴会」に集まった魔王ファンの人数を、TBSのサイトでは数千人と書いてあるが、実際には募集人数は1000人もなかったと思う。
私も「魔族宴会」に参加したが、日本人の参加者は50人弱だった。

「魔王」のリメイクについては、どんなものかなぁ・・・と思うが、動画配信も始まり、韓国版「魔王」を観る人が増え、「魔王」が好きという人が増えるのは、魔族の一人としてはうれしい。

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2008年5月12日 (月)

オスの警察署in「魔王」

2007512韓国ドラマ「魔王」で、オス(オム・テウン)が勤務している警察署は「ソウル署」ということになっているが、ドラマの中で使っている警察署は、竜仁(ヨンイン)警察署。

ここに行ったのは、ちょうど1年前の5月12日。
「魔王」の韓国での放送も、佳境に入った頃だ。

警察署全体の写真を撮るほか、スンハ(チュ・ジフン)がソラを見つけ、「アジョシ(おじさん)が」とソラに言った場所や、オスがよく出入りしていたガラスの自動ドアを撮ったり、チーム長がオスの高校時代の教師を見送った目線で写真を撮っていたら、警察署の中から男性が出てきた。

注意されるのかなぁ・・・と思っていたら、「今日は(魔王の)撮影はありませんよ」とひと言。
やっぱり、この警察署の前であちこち写真を撮っているなんて、魔王ファンしかいないと思って、教えてくれたのだろう。

撮影に遭遇したらラッキーだが、この日は、この警察署でのロケ遭遇は期待していなかったので、ドラマと同様に、いろいろなアングルで写真を撮ってきた。

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2008年5月 9日 (金)

「魔王」のリメイク

4月30日に、 「韓国ドラマのリメイク」というタイトルで、「次のリメイクドラマ」について触れ、「そのドラマが何かは、私のブログをよく読んでいる人なら、予想して欲しい」と書いたが、8日に発表されたので、ここでも公表する。

7月からTBSで金曜日に「魔王」が放送される。
スンハ役が嵐の大野智、オス役がジャニーズJr.の生田斗真。
ジャニーズでやるとは聞いていたが、どんな出来になるだろうか。

大野智とか生田斗真の名前を聞いても、私は顔が思い浮かばない。
ジャニーズで全員知っているのは、SMAPくらいだ(笑)。

これまでジャニーズで関わりがあった人は、やっくんこと薬丸裕英さん。
私はTBSの「はなまるマーケット」に出ていたことがあるが、この番組の司会が薬丸さん。
CM中に、その日やっているテーマと全然違うことを聞いてきたりした。

いまTBSで「猟奇的な彼女」のリメイクドラマをやっている。
私は観ていないが、あまり評判はよくないようだ。

魔族としては、日本版「魔王」も観てしまうだろうが、韓国版がよかっただけに、がっかりするような内容や演技をしないで欲しい。

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2008年5月 6日 (火)

チュ・ジフンDVD

先日、友人宅の50インチ近いテレビで、チュ・ジフン写真集豪華版に入っているメイキングDVDを観てきた。

昨年、友人宅の40インチちょっとのソニー製プラズマテレビが壊れた。
買ってから5年で壊れ、修理してもらおうとソニーに連絡したら、「もう部品がないため、修理はできない」と言われたそうだ。
80万円で購入したものだそうだが、結局、新品のテレビを買うより安い金額を出して、液晶テレビの新品と交換ということになった。
ちょうど私が友人宅に行っていたときに、テレビが交換された。

50インチ近いサイズのテレビでデジタル放送を観ると、とても映像がきれいだった。
「このテレビでチュ・ジフンを観たい」と言うと、「DVD持っておいでよ」と言われた。
その少し後で、チュ・ジフン写真集が届く予定になっていたので、メイキングDVDは、まず友人宅のこの大画面テレビで観ることに決めた。

だが、その後、なかなか友人宅に行く機会がなく、先日、やっとメイキングDVD鑑賞会を行った。
ちなみに、その友人は「宮」も「魔王」も観たことがなく、ジフニも私の話や携帯の待ち受け画像を通してしか知らない。

最初にパリ編を観たが、これは特にどうということはなかった。
だが、次にバリ編を観たら、スーツ姿のジフニを見て、「バリなのに、どうしてスーツなの?」と、友人の突っ込みが入った。
確かに、そうだ。

「ジフニのファンミーティングの時の衣装を見て、スタイリストを変えたほうがいいと言う声は多いのよね」と言うと、「素人の私にコーディネートさせたほうが、まだいいんじゃない?」と友人は言う。
そう思う人は多いだろう。
私は、ジフニの?な衣装も見慣れているが、初めて見る人には、違う意味で新鮮だろう。

その後も、コートを着たり、バリとは思えない衣装が続いた。
「服を変えてくる」というジフニの言葉があったので、私たちは少しは期待した。
だが、次の衣装を見て、私たちは2人とも「・・・・・・・・は。は。は。」
少しでも期待した私たちがバカだった。

ビーチでの服装はTシャツだったので、「少しはバリっぽくなったんじゃない?」と友人が言ったので、「これ、ファンの間では、昭和のシャツと言われているんだよね」と私。

最後は水着になったが、突っ込みどころ満載のメイキングDVDだった(笑)。

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2008年5月 4日 (日)

新緑!青山ブランチ会

今日は青山ご近所会恒例のゴールデンウィーク特別企画、「新緑!ブランチ会」が表参道の「アニヴェルセル・カフェ」で開催されたので、参加してきた。

今日の会長の話によると、通称「青山ご近所会」がスタートしたのは8年前とのこと。
私はスタート時からのメンバーだったので、「もうあれから8年」と思うと、年月の過ぎ去る速さに、改めて驚いてしまう。

青山ご近所会のメンバー資格は、会長宅から半径2キロ以内に居住しているか職場があること。
2キロといっても、プラスマイナス10%は、会長判断だったと思う。
プラス10%というのはわかるが、マイナス10%にされる人って・・・(笑)。

知り合った人で、この基準に当てはまる人がいると、この会に誘ってメンバーになった人も何人かいるが、他で知り合って、ここで再会した人もいる。
今日の参加者は、半分以上は知り合いだったが、初めて会う人もいた。

メンバー資格は、会長宅からの距離しかないため、職業もさまざまな人が集まる。
今日初めて会った人も、日銀勤務の人や、ハリウッドを目指して女優をしているという人がいた。

今日は時折、パラパラと雨が降ってきたが、カフェから眺める新緑は、鮮やかだった。

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