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2009年2月

2009年2月25日 (水)

「ジェネラル・ルージュの凱旋」試写会

映画「ジェネラル・ルージュの凱旋」の試写会に行ってきた。

いやぁ~おもしろかった!
昨日のプレミアイベントでは、中村義洋監督が「『チーム・バチスタの栄光』のメンバーには悪いが、はるかにいい作品になった」。原作者の海堂尊は「(先週の)金曜日に試写を観たが、見終わった後、しばらく立てなかったほど素晴らしい作品になっていた」と言っていた。
プレミアイベントでの発言とはいうのを差し引いても、かなり期待できる作品になっているだろうと、観るのが楽しみだった。

「映画」を楽しみたかったので、原作も読まず、公式サイトに書いてある以上の情報は入れずに観た。
見所はいろいろあるが、委員会のシーンが秀逸だった。
展開もおもしろい。

「クライマーズ・ハイ」に引き続き、今回も、堺雅人は見せて(魅せて)くれた。
本当にいい。
「ジェネラル・ルージュの凱旋」を観て、また、「堺雅人は賞を取る」という手応えを感じた。

昨年夏、「クライマーズ・ハイ」の佐山を見たとき、「これは賞を取るな」と思った。
予想通り、堺雅人は映画賞の助演男優賞を総なめにした。

日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞は逃したが、「おくりびと」が本家アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされており、その箔付けのためか、授賞は「おくりびと」に偏っていた。そのような事情がなければ、堺雅人が最優秀助演男優賞を受賞していたと思う。

「ジェネラル・ルージュの凱旋」は、竹内結子と阿部寛が主演ということになっているため、「助演男優賞」だろうが、「ジェネラル・ルージュの凱旋」での堺雅人は、「主演」といっていいほどの演技と存在感である。
「クライマーズ・ハイ」でも、主演は堤真一だったので、「助演」だったが、その演技と存在感、作品に対する影響力は、「主演」に匹敵するものだったと思う。

「ジェネラル・ルージュの凱旋」は、本当におもしろい映画になっていて、よかった。
また、堺雅人ならではの演技をこの作品で観ることができて、とってもうれしかった。

映画が終わった後、周りの席から「堺雅人って、いいね~」という声が聞こえてきたのも、とってもとってもうれしかった。

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2009年2月24日 (火)

「ジェネラル・ルージュの凱旋」プレミアイベント

今日は、六本木ヒルズで行われた「ジェネラル・ルージュの凱旋」プレミアイベントに行ってきた。
今日のイベントは、出演俳優である竹内結子、阿部寛、堺雅人、羽田美智子、高嶋政伸、貫地谷しほりと、原作者の海堂尊、そして中村義洋監督が登場することになっていた。

列んだ順で席に着いたが、私の席はレッドカーペットの前だった。
日本アカデミー賞授賞式は、レッドカーペットから2列目だったが、最近、レッドカーペット運はいいかもしれない。

会場は、赤いボードの前に白いヘリコプターが置かれ、ヘリコプターには「ジェネラル・ルージュの凱旋」と書いてあった。

最初は、スクリーンで4分くらいにまとめた映画の映像が映し出され、そして次に、外から救急車3台が会場に入ってきた。
そしてレッドカーペットのところで止まり、1台目からは竹内結子と阿部寛が、2台目からは堺雅人が降りて、レッドカーペットを歩いてきた。
会場に入る前に救急車を見つけ、「どうしてこんな所に救急車が?」と思ったが、こんな演出だったのである。

レッドカーペットの中程まで来たら全員立ち止まり、後ろを向いて列んだ。
客席の後ろにテレビカメラがずらっと並んでいたが、その人たちの撮影タイムだった。
撮影タイムが終わると、ステージに登壇。

今回の席は、何もさえぎる物がないレッドカーペット前なので、すぐ目の前で堺雅人を見ることができた。おまけに立ち止まってくれたので、じっくり見ることもできた。
4日ぶりに見る堺雅人である。
今日も、にこやかにレッドカーペットを歩いていた。
今日の堺雅人の服装は、紺色のシャツに黒いジャケット。グレーのパンツに黒いエナメルの靴だった。

屋外でのイベントなので、とても寒かった。
出演者と監督、原作者が「ジェネラル・ルージュの凱旋」について、コメントをしていったが、みんな短めだった。
堺雅人は、まず「寒くて口が回らなくなる前に・・・」と前置きして話し始めた。

この寒さの中、女優陣はドレス姿で、コメントの間も、羽田美智子などは震えていた。
その後、スタッフがコートを持って来たが、それを着る間もなく、ステージ上のヘリコプター前でメデイア関係者の写真撮影が始まり、それが終わると、ステージ横から退場していった。

先週金曜日の日本アカデミー賞授賞式までは、各映画賞授賞式で堺雅人は「クライマーズ・ハイ」の映像を撮し出されるされることが多く、佐山役の印象が強かったが、今日のイベントからは、「ジェネラル・ルージュの凱旋」の速水役の印象に切り替わっていた。
と言っても、授賞式やイベントの時は、ニコニコ(ニヤニヤ?)しているのは、変わりないのだが(笑)。

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2009年2月20日 (金)

日本アカデミー賞授賞式 part1

P1010615今日は日本アカデミー賞授賞式に行ってきた。
もちろん、今回も堺雅人目当てだ。

ブルーリボン賞授賞式にも行ったが、助演男優賞受賞の堺雅人は、「南極料理人」の北海道ロケの最中で欠席。
18日のキネマ旬報ベスト・テン授賞式には、堺雅人は出席したそうだが、父のお葬式等があったため、招待状を入手できず、授賞式に行くことができなかった。

P1010612日本アカデミー賞授賞式には、「フォーマル」というドレスコードがあり、当初は訪問着で行くつもりだった。
だが、手を痛めたため、自分で帯を結ぶのがキビシイ状態なので、一昨年ベトナムにオーダーしたアオザイを着ることにしていた。
だが、一昨日、アオザイを着てみたら、ちょっときつめ。
P1010608実家にいた10日間で3キロ太ってしまったのだ。
2日で1kg落としたのだが、今日着てみると、もう少しゆとりがないと美しくないので、急遽、一昨年、ソウルで開催されたチュ・ジフンバースデーパーティーで着た服を着ていくことにした。

P1010607日本アカデミー賞授賞式は午後4時からだったが、3時20分頃、会場であるグランドプリンスホテル新高輪国際館パミールに行くと、着飾った人たちで華やかな雰囲気だった。

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2009年2月19日 (木)

パク・シニャンファンミーティング

パク・シニャンファンミーティングが、4/11(土)中野サンプラザ、4/12(日)神戸ポートピアホールで開催される。
昨年のファンミーティングは、これまで行った韓流イベントや韓国俳優のイベントの中で、いちばんよかったので、今回も楽しみである。

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2009年2月16日 (月)

今度は・・・

父方の伯父が亡くなり、昨日お葬式だった。
1週間以内に父と伯父が亡くなり、私は2つのお葬式に参列した。

伯父のお葬式に参列することは、私にとっては予定外だったが、父のお通夜のために洋服の喪服、お葬式のために着物の喪服を持って帰っていたので、予定していたかのように、喪服の準備もできていた。

父の兄弟は多いが、関西や関東にいる伯母(叔母)や叔父は、この1週間で親族大移動していた。
1週間に2回親族のお葬式に参列するのも珍しいかもしれないが、実は、伯父のお葬式の前日は、父方のいとこの結婚式だったのである。

結婚式は滋賀で行われたが、父方の親族は、父のお葬式に参列し、数日後は滋賀のいとこの結婚式に出席し、その翌日は午前11時からの伯父のお葬式に間に合うように、早朝に滋賀の泊まっていたホテルを出発して、お葬式に参列したのである。

伯父は私の実家と同じ市内に住んでおり、お葬式の会場は父のお葬式と同じ場所で、偶然にも葬儀社の担当者も同じ人だった。
その人にとっても、1週間以内に同じ顔ぶれの親族と仕事の場所であうなんて、めったにないことだろう。

1週間以内に父方の親族は「葬婚葬」と、まるでお葬式と結婚式のサンドイッチ状態のようなあわただしい経験をしたのであった。

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2009年2月12日 (木)

休刊日

父が亡くなったとき、新聞に死亡広告を出そうとしたそうだが、新聞の休刊日にあたり、死亡広告を出すことができなかった。
それにもかかわらず、お通夜やお葬式には、たくさんの方に来ていただいた。

訃報が新聞に載ったのは、お葬式の翌日だった。
その日は朝から、新聞の訃報で初めて父の死を知った方たちが、弔問に来てくださった。
本来なら、お葬式に来ていただいたほうがよかったかもしれないが、死亡広告を出せなかったため、なかなか連絡が行き渡らなかった。

新聞販売店の慰労や休暇のため、月1日、新聞休刊日が設けられているが、昨年秋も、アメリカが大変な状況になった日、日本は新聞の休刊日にあたり、ネットで情報収集するしかなかった。

ほとんど休みがない新聞販売店の大変さもわかるが、情報の速さが重要視されるこんな時代に、情報が手元に届くのが1日遅れる新聞の休刊日の設定というのも、いかがなものかと思う。

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2009年2月 8日 (日)

がん保険

がんで父が亡くなった昨日は、ある雑誌の保険特集の仕事をしていた。
昨日やっていたのは、偶然にもがん保険の評価。

保険の評価をするときは、保障内容や保険料を主に見るが、父ががんで入院してからは、がん保険については、保険会社が被保険者やその家族に対して行っているがんの医療相談や、家族に対する精神的なサポートサービスも、評価の対象として見るようになった。

この雑誌の保険特集は、結構注目されているため、ここでの評価が、利用者にとってよりメリットのあるがん保険の開発に結び付けば、がんと闘っていく人のサポートとなるのではないかと思い、父への供養のようなつもりでやっていた。

やっと日付が変わる頃、評価が終わり、先ほど、担当の編集者にメールで送った。
これから、今日、家へ帰るための準備をする。

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2009年2月 7日 (土)

父の死

今日、父が亡くなった。
昨年11月からがんで入院していたが、今週火曜日は「もう危ないかも」、その翌日には「今週中は大丈夫だろう」と母から電話があった。
だが、昨夜「もう帰ったほうがいい」と電話があり、今夜か明日の朝に帰るつもりだった。

けさも、どんなものを持って帰ったらいいかを電話で話し、その後、母の携帯にかけても、留守電状態だった。こんな状況なので、携帯はいつも出られるように、持ち歩いているようにと、昨日言ったにもかかわらず。
そうしたら、午後6時過ぎに、亡くなったという電話があった。
亡くなったのは、午前11時過ぎらしい。
私への連絡は、最後になったようだ。
こんなトホホなところが、母らしい。

今日の朝イチの飛行機で帰っても、父の死に目には会えなかっただろう。
今日は、私自身、病院へ行かなければならなかったし、14日締め切りの仕事をやってから帰らなければと、仕事をしていた。
父が亡くなった頃は、あちこちに「父が危篤なので・・・」と、欠席の連絡をしていた。

亡くなった父の姿をまだ見ていないので、まだ何だかピンと来ない。




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2009年2月 6日 (金)

ブルーリボン賞授賞式

招待状が手に入ったので、2月3日、ブルーリボン賞授賞式に行ってきた。
もちろん、助演男優賞を受賞した堺雅人を見るためである。
だが、堺雅人は映画「南極料理人」の北海道での撮影のため、欠席。ビデオで受賞のコメントを寄せていた。

堺雅人の代わりに、賞状と賞品の万年筆、そして花束を受け取ったのは、堺雅人が出演した映画「クライマーズ・ハイ 」の原田眞人監督だった。
「クライマーズ・ハイ」は、作品賞を受賞したため、原田監督が授賞式に出席していた。

原田監督は「『クライマーズ・ハイ』は、これから長いつきあいになるであろう堺雅人との最初の作品」と言い、「昨日『アフタースクール 』を観たが、堺雅人はずっと観ていたい素晴らしい俳優」と言っていた。そして「タバコをやめればもっといい。次の作品か、その次で、説得するつもりだ」と。
原田監督、堺雅人を説得して、ぜひタバコはやめさせて欲しい。

その他の受賞者は、主演男優賞:本木雅弘、主演女優賞:木村多江、助演女優賞:樹木希林、新人賞:リリー・フランキー、吉高由里子など。

樹木希林も欠席して、代わりに賞状を受け取ったのは、娘の内田也哉子。
内田也哉子の夫である本木雅弘も主演男優賞を受賞したため、授賞式に出席していたが、本木雅弘は受賞のスピーチの際、「この場に妻がいるので緊張している」と言っていた。

「ブルーリボン賞」らしく、花束はブルー系の花がメインで、花束のリボンは、ブルーリボンだった。

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2009年2月 2日 (月)

恵方巻

節分の1日前なのに、スーパーではすでに恵方巻を売っていた。
コンビニが「節分に恵方巻を食べる」という大阪の風習を全国区にしたが、東京では恵方巻の販売は、かなり定着したようだ。

今年の恵方は東北東。
明日は、景気回復と株価上昇プラス健康を願って、恵方巻を食べようかと思う。

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