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2010年12月22日 (水)

数十年ぶりの再会

先日、大前研一さんのお姉様である大前伶子さんに誘われて、アムウェイの中島薫さんに会った。
中島薫さんは、アムウェイのディストリビューターでは世界のトップ。アムウェイをやっている人なら、知らない人はいないのではないだろうか。

実は、私はアムウェイとは別のところで、彼を知っていた。

大前伶子さんに会った時、「中島薫」という名前が出たので、「私、彼がレコード店の店員だった時、そこに入り浸っていたんです。当時は『カオちゃん』って呼んでいたけど」と言ったら、一緒に中島薫邸に行くことになった。

私が彼を知っているのは、彼が作曲した曲が、世界歌謡祭でグランプリを取って、東京ヘ行って作曲家になるというところまで。
世界歌謡祭の前も、「今度は有力視されてるんだ」と言っていて、グランプリを取った時には、とても喜んでいた姿を、今でも憶えている。

私は当然、作曲家として活躍しているのではないかと思っていた。
だが20年くらい前だっただろうか。ある日、アムウェイをやっている人から、彼が載っている雑誌を見せられた。
「あっ!カオちゃんじゃない!どうしたの?」

当時彼は、アムウェイのディストリビューターでは日本のトップということだった。
その時から「アムウェイの中島薫」という存在を認識するようになったが、以後、特に彼との接点はなかった。

だが、突然、彼と再会することになった。
昔、よく彼とはおしゃべりしていたが、数十年の歳月が流れているし、私のこと、憶えているだろうか?

中島邸にお邪魔して、昔のことを少し話し始めたら・・・
私が好きだったギタリストのことや、よくレコードを取り寄せしていたことなど、私のことをよく憶えていてくれたので、うれしかった。

当時、私がレコードの取り寄せを彼にお願いすると、彼が発注し、お店に届くと、「レコード届いたよ」と、家に電話をかけてきてくれていた。

「今、どうしてるの?」と訊かれたので、「ファイナンシャルプランナーの仕事をしていて、テレビに出たり、新聞に載ったりもしているよ」と言うと、「また出る時、連絡して」と。

そして、メールがたくさん来るから、すぐに私のメールだとわかるように、私たち2人だけにわかるある”固有名詞”を、メールのタイトルに入れてくれと言われた。
その”固有名詞”は、私には数十年前の過去を想起させる、懐かしいような、くすぐったいようなものなのだが。

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